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最高裁判所第二小法廷 昭和37年(あ)2853号 決定 1964年6月01日

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人小田泰三、同中村生秀、同三宅省三、同中村倉之助名義の上告趣意は、憲法三八条一項、二項違反をいう点もあるが、記録に徴しても、取調官が自白を強要した事迹は認められないので、右違憲の主張は前提を欠くものであり、その余は、事実誤認、単なる訴訟法違反の主張を出でず、以上すべて刑訴四〇五条の上告理由に当らない。(記録によつて本件捜査中における最初の自白がなされた経過をみると、当初否認していた被告人に対し、その承諾のもとに、鑑識の専門係員によつてポリグラフ検査を行ない、その後の取調にあたつて、取調官が右検査の結果を告げ、真実を述べるように話したところ、被告人はしばらく沈黙していたが、やがて関係者に内密してくれるよう頼んでから、本件犯行をすべて自白するにいたつたというもので、その間には取調官が自白を強要したと認めるべき事迹は見当らず、その自白の任意性を疑うべき事情も窺われない。)また記録を調べても同四一一条を適用すべきものとは認められない。

よつて同四一四条、三八六条一項三号により裁判官全員一致の意見で主文のとおり決定する。(裁判長裁判官奥野健一 裁判官山田作之助 城戸芳彦 石田和外)

弁護人小田泰三、同三宅省三、同中村生秀、中村倉之助の上告趣意

第一点 原判決には憲法の違反がある。

憲法第三八条第一項は「何人も、自己に不利益な供述を強要されない。」と定め、同第二項は「強制……による自白は……これを証拠とすることができない。」と定めている。

原判決は、弁護人が第一審判決の有罪の証拠となつた被告人の昭和三六年二月二日付司法警察員に対する供述調書は強制及び利益約束によつてなされた自白を内容とするもので証拠能力がないものであるとの主張したのに対し、「しかして取調官が否認している被疑者に対しポリグラフ検査の結果が容疑濃厚即ち黒と出たらと告知するのは被疑者に対し心理的拘束を加えることは否定できず避けるべきであることは勿論であるが、同検査の結果が黒と出たと告知したからといつて必ずしも自白を強制するものとは解せられない。」と判示している(控訴趣意第四点に対する判断)。

しかしながら、事実を否認している被疑者に対し、心理的拘束を加えることがなぜ自白の強要とならないのか理解に苦しむものである。

「強要」ということは、具体的に考えてみなければならない。本件被告人は通常の家庭の主婦であり、警察官による取調はかつて受けたことのない者である。形式的には任意出頭による取調とはいえ、昭和三六年一月二七日、二月一日及び二月二日に警察署へ呼出されて長時間取調を受けること自身がかなり被告人にとつて苛酷なことである。一方取調べた方は、田端寅一巡査部長で、同人は原審の証人尋問調書(同調書三枚目以下)によつて明らかなように、被告人名義のポリグラフ検査承諾書の署名を代筆したのに(第一審同証人の供述調書参照)その事実はないと言張るような自信過剰型の警察官である。こういう人物がポリグラフの結果を握つて被告人に自白を迫つたときの状況はまさに自白の強要以外の何ものでもないと考えられる。それまで被告人の犯行の証拠を何らか得ているならともかく、村の風評だけしかなかつたのであるから(同調書)、取調官にとつて被告人の自白を得たいとの気持は極めて強かつたものと云えよう。

右のような状況のもとで、原判決が認めている心理的拘束は即ち憲法第三八条にいう「強要」であり、強要による自白を証拠とした第一審判決及び原判決は正しく憲法第三八条第一項、第二項に違反するものであるから、破棄を免れないのである。<以下省略>

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